
私の想い
母の認知症に端を発した我が家の
介護問題。父86歳、母83歳、そして
自らが50歳のときに
介護離職をしました。
それ以来、自分たちの世代が避けて
通れない
課題に
当事者として
向きあっています。
永年、労働組合活動に携わった体験は
山積みの問題のなかに
自分たちの智恵と
行動によって解決に向かうものがあると
教えてくれました。
問題の解決を先送りせず行動を
起こすために
この会を立ち上げました。

プロフィール

(板垣 恒子、いたがき つねこ)
1965年10月6日生まれ(57歳)
最終学歴
多摩大学大学院 修了(経営情報学修士)専攻 ソーシャル・イノベーション論
/日本型CSR論
略 歴
- 1984年
- 富士通株式会社に入社
電算機第一検査部配属
最先端大型コンピュータの品質保証の
砦(とりで)で
鍛え抜かれる。
- 1988年
- 富士通労働組合 沼津支部執行委員就任
「育児休職(イクキュー)」制度化に邁進。
- 1990年
- 富士通労働組合 中央執行委員就任
以来26年間、労働運動ひとすじ。
- 2004年
- 富士通労働組合 中央書記長就任
- 2012年
- 全富士通労働組合連合会 副会長就任
- 2014年
- 電機連合書記次長(総合産業・社会政策
グループ)連合中央執行委員
労働政策審議会委員、同)職業能力開発
分科会委員、同)障害者雇用分科会委員就任
- 2016年
- 介護離職。川崎市から富士市にUターン。
- 2017年
- 富士市内の保育園に勤務
- 2017年
- 株式会社オフィス三太郎を起業
ソーシャル・ビジネスを展開中。

生い立ち
- 1965年10月
- 山形県米沢市で、三人姉妹の末っ子として
生まれる。
- 1969年9月
- 父の転勤により一家五人で静岡県富士市に
引っ越し。
- 1970年4月
- 近所の同級生5人と開園されたばかりの
「するが幼稚園」に通う。
山形なまりのため、周囲と会話が成立せず、
ついたあだなは
『いなかっぺ大将』
- 1972年4月
- 富士市立第二小学校入学
「マスコと50歳の仲間たち」は小学校
6年生の ときの
クラスメートが同窓会を機に
始めた LINEグループ。
最近の話題は
孫の誕生。
- 1978年4月
- 富士市立南中校入学。ソフトボール部に
入部。
ポジションはピッチャー。
- 1981年4月
- 静岡県立吉原高等学校入学
- 1984年3月
- 同校卒業